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今は昔
1992年に補聴器外来を始めたころは、まだアナログ補聴器しかない時代でした。調整は、トリマというドライバーで回す小型の可変抵抗器を用いて低音域や高音域の減衰量の増減によって調整を行います。いわゆるトーンコントロールです。利得が聴力の約半分になるように特性器にかけて調整していました。非常におおざっぱな調整なので聴力にぴったり合わせて調整することはできませんでした。音の感じを患者さんに伺ってから、試聴チューブで補聴器の音を聞きながら、どの音が問題なのか想像しながら微調整していきました。いろいろ勘を働かせながら延々と試行錯誤を行う調整でした。この時代はまさに職人芸でしたが、今のデジタルと比較すると非常におおざっぱな調整だったと思います。
1982年にCDが出現しオーディオのデジタル化が民政化され、その後数年でレコード店はアナログディスクからほぼCDに入れ替わったのを覚えています。余談ですがスクラッチノイズ、ヒスノイズがなくダイナミックレンジが広く何しろ、何度再生しても劣化しないのがうれしかったのを覚えています。しかしアコースティック楽器がなんとなく人工的な感じがしたのも覚えています。でもアナログディスクでCDを凌駕するにはプレーヤーやカートリッジ、フォノイコライザーにCDの何倍ものコストがかかり取り扱いが面倒なのでアナログディスクはほとんど聴かなくなりました。話し出すときりがないのでこれくらいにしておきます。また別の機会で趣味のオーディオの話をしてもいいかと思います。話を元に戻します。オーディオがデジタル化して10年も経つのに補聴器はアナログのままでした。
デジタル補聴器の出現
デジタルオーディオは音声信号をD/A変換し伝送系で0と1の数列で記録し、その数列をD/A変換するだけです。伝送系では何の加工も必要なかったのですが、補聴器ではそうはいきません。125Hzから8kHzをチャンネルで分割しそれぞれの利得を変化させさらに入力音圧を大・中・小入力ごとに利得を設定できるようにしなければなりません。さらにノイズと音声信号を分けて増幅したり、ハウリングを検出して減衰させたり、AI搭載の場合は、登録した言語データより音声を分けたりとそれはそれは気の遠くなるような演算が必要でしょう。それをあの筐体の中で行ってしまうのですから、その技術の進歩はCDの登場からもう40年以上たっていますがそれくらいは十分かかってしかりだと思います。でも1948年に日本で量産型補聴器が販売開始されています。当時はまだ真空管式で弁当箱ほどのの大きさだったようです。トランジスタ型は1960年代に入ってからです。当時からまだ100年経っていませんからこの科学技術の進歩は驚きです。
デジタル化の恩恵
実は画期的なイノベーションが起こったのですが、世間的には非常にせまい業界ゆえに騒がれるなんてことは起きませんでした。当然といえば当然ですね。125Hz~8kHzまでの周波数を10以上のチャンネルに分割しそれぞれの利得を調整できるようになりました。それにより周波数ごとのに閾値がかなり異なる特殊な聴力の調整も可能になりました。アナログ時代には考えられないほどの細かな調整が戒能になりました。また感音難聴の補充現象の補正をするために入力信号の強さにより利得を変化させることが可能になりました。このことにより明瞭度は格段に上がり、大音量でびっくりするようなことはなくなりました。また、音漏れからくるピーピーと鳴るフィードバックも電気的に消去することができるようになりました。またAIが搭載され言語をあらかじめ登録することによってノイズとの分離がかなり明確になっています。最も大きな変化は、利得が環境で変化するのでボリュームコントロールはオプションであり、原則付いてきません。
補聴器満足度
補聴器の進化は日々進んできてはいるのですが、補聴器満足度は2015年39%から2025年には54%に上がってきています。これは、補聴器の進化により満足度が上がっているように思われるかもしれませんが、そんな単純な話ではありません。デジタル化によってかなりの恩恵があるというお話をしました。しかしそれは、正しく調整されたときにはじめてその真価が発揮されます。認定補聴器技能者の資格制度も成熟期に入ってきて調整の全体的な技術が向上してきたのがその原因と考えています。しかし、欧米では70%越が普通なのでまだまだ日本は満足度が低い国です。いくら補聴器の性能が上がったところで適切な調整がなされていなければその性能を発揮することはできません。また繊細な調整ができるからこそ調整は、かなり精密に行われなければならなくなりました。やはりデジタル補聴器は実耳測定による調整が最も理にかなっています。補聴器の進化は、より複雑で精密な調整が必要で忙しくなるはずです。しかし、それをせずにPCが計算したデータをそのままインストールして終わりというところもあるので注意してください。
デジタル化がもたらしたもの
デジタル化の長所は「デジタル化の恩恵」で述べた通りです。メリットだけかというとそうでもない部分があります。デジタル補聴器が出始めの時に自動調整をうたい文句として出てきたように思います。これでだれでも売れるような錯覚をもたらしたことは確かでPCがもたらすファーストフィットで終了と考えている販売員がいるのは確かです。確かに無調整で渡されるよりはましです。アナログの時は、特性器で特性を見なければどのような状態になっているのか見当もつかなかったのでその必要性は周知されており補聴器販売の敷居が高かったと認識しており、むしろその方が誰でも売れなくてよかったように思います。私も最初は、デジタル補聴器が出たときはだれが調整しても同じで医療機関がわざわざ取り扱わなくてもよくなるのではという予想をしていました。実際はその逆でした。アナログ補聴器は、おおざっぱな調整しかできず、線形増幅で感音難聴の補充現象の補正ができないので調整の限界が低いのである程度妥協が許されました。しかしデジタル補聴器は、より繊細で非線形増幅ができ様々な音響的加工が可能なので限界点が高く、より良い状態にと追及すればきりがありません。デジタル化は非常にディープな世界をもたらしてくれました。技術者の技量をより発揮させてくれる素晴らしいテクノロジーだと喜んでいます。
もう一つの自動調整
ファーストフィットは聴力データから自動計算でターゲットの利得を計算しますがこれはあくまでも推測値で実際とはかなりずれていることが多く問題であることが多いことはすでに「補聴器の最高ランクの調整とは」ですでに述べています。実耳測定が最高ランクの調整であるのは、だれもが認める事実ですがそれなりの技術が必要であまり普及はしていません。また出力されている利得を測定しターゲットの利得との差が限りなく0に近づくように調整を行いますが調整と実測を交互に繰り返す必要があります。なぜなら補聴器調整用ソフトと実耳測定を実行するソフトは別々で実測値を見ながらターゲットの利得に近づける操作を行うためそれぞれのソフトを交互に操作する必要があるためです。もちろん調整用ソフトの操作一回で合えば一度の操作でできますが、一度でターゲットを狙うことはできません。ゴルフでいえばホールインワンでしょうか、まあ奇跡ですね。ところが最近の調整用ソフトは、実耳測定装置をコントロールする機能を搭載しており、出力の利得をモニターしながらターゲットの利得に合うように自動的に補聴器を調整することができます。操作はかなり驚くほど簡略化できます。
実耳の自動調整の可能性
補聴器がデジタルになると同時にPCによる調整が行われ、調整用ソフトも次第にインテリジェンスになりました。調整用ソフトは、実耳測定を行いながらその検査データを読み込みながら自動的に補聴器の利得がターゲット通りになるように調整します。特にホナックのターゲットマッチという機能は、普通の実耳測定だけでなく、実際の耳と測定器の2ccカプラの特性の差(RECD)から実耳測定の値を計算できるので、測定機にかけるだけで実耳測定に匹敵する調整が自動的に行うことができます。同じ処方式を例えばNAL-NL2を使えばどのメーカーの測定機やソフトを使えば同じ調整になるのではなく、細かな部分の計算式が各メーカーにより異なっているらしく、微妙に違っています。ホナック社の補聴器調整用ソフト内のターゲットマッチによる調整と実耳測定を行いながら同社の調整用ソフトにによるマニュアル調整を行いその両者を比較したところ実耳測定と調整用ソフトのマニュアル調整の方が聞き取りが良好なことからターゲットマッチは使わなくなりました。私自身の補聴器もマニュアルによる調整の方が自然に聞こえました。別にターゲットマッチが悪いわけではなく、微妙な差でしかなく今回はマニュアル調整に軍配が上がりましたが、決して自動調整が使えないわけではありません。いくら自動調整と言ってもPCによるファーストフィットとは格が違います。やってる内容は月とスッポンほど違いはるかにターゲットマッチによる調整の精度のほうがが高いです。ファーストフィットだけで終わるよりもターゲットマッチを行った方がよっぽど患者満足度は向上するでしょう。ターゲットマッチなどの実耳による自動調整の今後の改善に期待します。要は最も最高ランクの調整すらも一部自動化しているという話でした。すべてがDX化している世の中ですね。
敷居はより高くなった
「補聴器の販売経路はなぜダブルスタンダード?」で述べたように戦後の補聴器はかつてはボリュームコントロールしかなく誰が売っても同じ時代がありました。1960年代になってから高音と低音の調整ができるようになり、調整にはそれなりの技術が必要になりました。世の中を見ますとAIやらDXやらでITの波は省力化に向かっているのに補聴器の世界は、デジタル化によりさらに高い技術を要するようになりました。高い技術を要するようになったというのは、単に聴こえるようにするだけでなく補聴器本来のポテンシャルを最大限生かすためにはそれなりの技術が必要という意味です。誰が調整しても最高のパフォーマンスが得られるという調整のAIによる自動化はまだ先の話です。聞こえとは心理学であり、数式で表せない部分もあり実現は当分の間ないと考えています。また外耳道内の音圧がどうなっているかのセンサーは外耳道内に設置する必要があるのでこれをいかにして自動化するかは当分先の話になりそうです。
おわりに
補聴器のデジタル化によりきめ細かな調整が可能となり多様な聴力に対応ができるようになったこと、子音協調などの聞き取り向上ができ、感音難聴の補充現象が非線形増幅により対応可能となったことなどその恩恵は計り知れません。しかし、その恩恵を享受するために供給側の技術や設備の充実はよけいにシビアになりました。私は実耳測定による調整は、デジタル補聴器にとって必須の調整法だと考えています。
文責:原田

