言語聴覚士の仕事

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このブログの目的

当院の行っている内容と補聴器販売店のそれと一体何が違うのかとご質問される方がおられますが一言で説明するのは不可能で1時間くらい要しますので診察中では時間が取れません。そこで少しでも理解していただきたくてこのブログ集の「補聴器と予備校」、「補聴器の販売経路はなぜダブルスタンダード」、「医療は準委任契約」でそれぞれ別の切り口で販売店との違いが分かるような内容にしています。言語聴覚士(以下ST)の仕事を紹介することによりまた別の切り口でその違いが明確になるのではないかと考えて作成しました。またこれから聴覚を目指そうかと思案中のSTの方々にも補聴とはこういうものだと示す目的もあります。この仕事の内容は一部のレベルの高い店舗を除いてなかなか真似できない内容ではないかと理解していただければ幸いです。ただし販売店をバッシングする意図はなく、公衆衛生の向上のために特に検査(例:実耳測定)や調整において積極的に真似していただきたく応援の意味でも作成しました。

言語聴覚士誕生の歴史

言語聴覚士の仕事というとその起源は言語療法士から始まります。かつては国家資格ではありませんでした。一方補聴器の分野も全く資格がありませんでした。アメリカのオージオロジスト(聴覚士)にならって聴覚分野も国家資格化するために補聴器士の制度化を目指してテクノエイド協会が設立されました。認定補聴器技能者という民間の資格はできましたが単独での国家資格化には失敗しました。また補聴器販売の独占権も与えられませんでした。つまり無資格で誰でも補聴器は売ることができるということです。それで結局聴覚と言語は親和性が高く米国でももともと言語聴覚学会があり一つの団体だったため日本もそれにならい1997年に言語聴覚士が法制化されました。米国では1920年代にすでに言語と聴覚は一つの資格として確立されておりその後聴覚分野が補聴器などの電子化などにより工学・医学的な側面を持ち出してきました。またそれぞれの分野の知識も指数関数的に増えてきたため一人の人間がすべてを担当するのも限界を迎え2000年代には言語と聴覚の資格は完全に分離したようです。日本はまだまだこの分野が未熟だということで分離するには至らないのでしょう。

言語聴覚士の仕事の内容

実際の言語聴覚士(以下ST)の仕事は、摂食・嚥下障害の仕事に従事している割合が70~80%と圧倒的に多く、次いで言語・失語・高次機能障害が60~70%で聴覚障害に従事している割合は5~10%です。STは大病院でリハビリテーションをするイメージが強く私どもの様な零細クリニックで聴覚検査や補聴器の調整をするというイメージがなかなか持てず、なかなか理解しがたい聴覚分野なのでどうしても敬遠されがちです。それではSTの方々には少しでも興味を持っていただきたく、一般の方々にはSTが実際これだけの業務をこなしていることを知っていただきたく当院における仕事の内容についてご紹介いたしましょう。
まずはなんといっても患者さんの状態把握をしなければ何も始まりませんので検査は非常に大切です。まずは純音聴力検査に始まり次は、語音聴力検査を行います。簡単な検査に見えるのですがデータの信ぴょう性についての検討ができるようになるまでは熟練が必要です。
難聴の診断や補聴器の適応についてはドクターの仕事になります。ドクターは病状によって耳方々や耳掛け型(RICかBTEか)などあらかたの適応器種を決めますのであとは、STが具体的にメーカーや機種、グレードを選定します。これも経験を要する作業なので初心者のうちは上司と相談して決めることになります。この業務は非常に重要で、ここで間違った選択をしてしまうとその後の業務が全く無駄になってしまいます。
現在の補聴器は、ほぼ全器種デジタル補聴器なのでPCとインタフェースを通して有線または無線で接続し調整します。専用ソフトの画面を見ながら調整しますが、聴力検査データから推奨の調整を自動で行ってくれます。これをファーストフィットと言いますがなぜそういうかというと初めての調整ではなく第1段階の調整という意味合いがあります。ファーストフィットだけで済ませる業者がいますが、当院ではこの調整は学会でも取り上げられている通り精度上の問題が多く参考にもならないことも多いので、私はほぼ無視してします。専門医向けのセミナーの講師もファーストフィットは参考にしないとおっしゃっていたのを思い出します。詳細はブログ「補聴器の最高ランクの調整とは」にありますのでそちらをご参照ください。当院では実耳測定でターゲット(目標)の利得になるように調整いたします。確認の意味で音場閾値(ファンクショナルゲイン)の測定も行います。服で例えるならファーストフィットはワンサイズの既製品の服を試着して選ぶのに似ています。服のサイズに自分に合っているかいないかで購入を決めるだけです。ファンクショナルゲインによる調整は一応S、M、L寸が用意されていて試着してどれかを選ぶのに似ています。自分のサイズが特別大きくずれていなければある程度妥協して着ることはできますが、丈が合わなかったり袖が合わなかったりしても我慢して着ることになります。実耳測定による調整は、カスタム(オーダー)メイドの服の感覚です。体系や袖丈などここからどこまでもぴったりの服を作ることができます。ただし、服は寸法だけがすべてではありません。服はデザインや生地感も大切なファクターなので寸法だけあっていても満足できるかどうかは別問題です。なので実時測定だけですべてが解決できるほど現実は甘くありません。でも実時測定による調整を基準とするとゴール地点が近いことも確かです。実耳測定の問題は、外耳道にプローブチューブの挿入を行う必要があるということですがこれは医療行為に近いのでこの操作のみはドクターが行います。後はすべてSTが操作を行います。
効果判定は、ファンクショナルゲインで誤った利得になっていないか確認しますが、やはり一番重要なのは音場による語音明瞭度を測定することです。普通は60dBの音圧(日常会話レベル)で何パーセント聞き取ることができるかを調べます。ヘッドホンによる最高語音明瞭度と比較して適合の良好度を判定します。音場における明瞭度がヘッドホンによる明瞭度を上回る適合良好がもちろんベストですがそういう方はめったにおられませんので、適合許容であれば十分で満足度はそれなりに得られます。適合許容を得るのがむつかしい症例はいくらでもあり、何か月もかかることがありますがあきらめずに続けることが大切です。患者さんにもあきらめないようにフォローすることが大切です。聞こえの効果ももちろん大切ですが、付け心地とか安定して装用できているかとかも補聴器の効果に含まれます。型のやり直しや修正の必要性の判定も行い次の行動に結び付けます。
補聴器を耳に装用するという操作はそれほど難しいものでは確かにありませんが人によっては特に高齢者にとって極めて困難な操作であることがしばしばです。人によっては直接目で見て操作できないことがこれほど難しいものかと思います。指先の動きがいびつだったり、耳の穴の位置がわからなかったり、外耳道の感覚が鈍く入り具合が認知できなかったりします。つまり指先の動きがぎこちなくなり、体性感覚の鈍麻が起こっているようです。そういう方にも介抱強く指導を何回も繰り返します。うまくいけば褒めてやる気がそがないようにします。かと思ったらご高齢の方でもいとも簡単にできる人もいるので楽な場合もあります。装用指導も奥が深い仕事です。
道具を使う医療である以上装具の扱いと販売(厚労省は「有償の交付」と表現)を行います。発注、仕入れ、販売と販売店で行う業務をする必要があります。事務職員でも代行できる部分もありますがカスタムメード補聴器やイヤモールドの場合、本体の長さ、ベント(低音を抜く穴)径の大きさ、フェイスプレートの大きさなど事細かな指定は専門知識が必要なのですべてを任せることはできません。販売においても専門知識が必要なのでSTの仕事は多岐にわたります。
先ほどの販売もそうですが、患者さんと対面で行う業務以外のバックヤード(舞台裏)の業務が医療装具を使う医療である限り半分近くを占めます。音が出ないと補聴器がしばしば持ち込まれますが故障はまれでほとんどはメンテナンスの不備です。たいていは、湿気や汚れで音が出なくなっており音の出口の掃除やフィルターの交換、除湿で復帰します。故障の場合は修理伝票を書いてメーカーに送り返します。その場合の症状などを書く必要があり修理伝票も技術職でなければ正確に書けません。発注業務は前項で述べましたので割愛します。
聴覚リハビリテーションはできればST院内で行うべきものですが時間的余裕がないので自宅や実際補聴器を使う環境下で行っていただくことにしています。補聴器診療における聴覚リハビリテーションとは、補聴器装用時の聞こえが健聴時と異なるために生じる語音弁別能の低下を機能的に回復させることです。「音は聞こえるが何と言っているのかわからない。」という訴えが実は一番多く医療者を悩まさせる症例です。補聴器で聴いていたら勝手に健聴時の聞こえに戻るのではなく、元と違って聞こえる音が何を言っているのか新たに獲得することがリハビリの目的なのです。文章の復唱が最も効果がありますが当院で行う余裕がないので、本の朗読、オーディオブックを聞いてそれと同じ書籍で答え合わせをする、とにかく人と会話をするなどの指導を行います。
アフタケアには補聴器のメンテナンスも含まれますが、それだけではありません。音がおかしい、聞こえにくくなったあるいは聞こえなくなった、自分の聴力が落ちたのではないか、など補聴器装用中の患者さんから多くの問い合わせが寄せられます。質問の内容から何が考えられるか、例えば聞こえにくくなった場合補聴器の不具合か患者さんの聴力低下かいずれかを判定するためにこちらから質問します。電池を変えてみたか、音の出口(フィルター)に耳垢が詰まっていないか、急に起こったのか徐々に起こったのかなどの質問をして判断します。わからない場合、補聴器自体を持参か送ってもらうかして見せてもらって原因を判断します。メンテナンスで済む問題か修理対応か、患者さんの診察が必要なのかを判断し適切な対応をします。サポート件数が増えてまいりますと専任のSTによるサポートセンターの開設がいずれ必要になってまいります。

熟練すると

以上駆け足でSTの仕事の内容について簡単に述べてきましたが、調整も突き詰めていくと実耳測定で処方式通りに調整して終わりではなく、そこが始まりでありさらに満足度を高くするための微調整というものがあります。これには、各個人の病状や特性を見抜き個別に対応する能力が必要であり、かなりの経験値が必要です。当院のチーフが微調整すれば確かに満足度が上がるのですが、なぜそうなるのか説明を聞いても私自身もよくわかりません。論理的に数値化するのが困難だからです。これが熟練技なのかなと自分を納得させています。ドイツのマイスターなら当然このレベルに到達しているのではないかと推察します。到達するのは難しいと思いますが到底AIが追いつける分野ではないと考えますので目指す価値はありそうです。

将来の可能性

将来の可能性を信じて一般診療をやめて補聴器外来専門クリニック「ハラダきこえクリニック北浜」を開院しました。可能性を信じた主な理由は、日本は「世界の補聴器制度をAIに訊いてみた」で述べたように我が国の補聴器の資格制度が不備なために補聴器調整技術の向上のための土壌が培われなかったために参入障壁が低いのと努力次第ではトップランナーとして活躍できるのではないかと考えたからです。それともう一つ理由として少子高齢化社会を迎えるにあたり、定年年齢や年金受給開始年齢の引き上げが起こり、高齢者が多少聞こえにくくとも簡単に隠居生活ができるようにはならないと考え、当然補聴器の需要が増えるだろうと予想したからです。もしこのブログをお読みのあなたがSTならば、聴覚を目指すのも悪くないと思いませんか?
文責:原田
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