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アナログ補聴器時代の調整
1995年にWidex社がSensoというフルデジタルの実用的な補聴器を販売してから瞬く間にデジタルの波は押し寄せ2000年初期には補聴器と言えばほとんどがデジタル補聴器になりました。デジタルオーディオやデジカメの時もそうでしたが7年くらいで入れ替わりますね。PCと補聴器を接続して詳細な調整はPCで行います。デジタル補聴器の調整については後ほど詳しく述べたいと思います。ではアナログ補聴器はどのようにしたかというと高音減衰と低音減衰の2つの電気的調整ができるので測定機にかけ、できるだけターゲット(目標)の周波数特性になるように調整します。非常に荒い調整ですので音の出口にダンパーを入れて高域を減衰させたり、意味戦に切れ目を入れ低域を逃がしたりとアコースティックな調整も併用しました。今思えばなんと原始的な、前時代的なという感じがします。当時は補聴器からどんな音が出ているかわからなので、補聴器特性測定器にかけるのは必須だと考えていました。
デジタル補聴器は補聴器特性測定器が不要か?
最近のデジタル補聴器の発展は目覚ましいです。アナログのころの高音減衰と低音減衰の2つだったのが太古の昔の補聴器だという感覚になります。聴力検査は125Hz~8kHzで1オクターブ間隔で6オクターブ7周波数になります。周波数を帯域別に10以上のチャンネルに分けられておりますので1オクターブをさらに細かく分割していることになります。10チャンネル未満の補聴器のチャンネル数は少ない部類になり廉価版の補聴器でしか見られなくなりました。10数チャンネル以上ありますと複雑な聴力であっても利得のターゲットにかなり正確に調整できることになります。また利得も1dB刻みで調整でき、小さな声、普通の声、大声と入力の大きさに応じて利得を変化させるノンリニア(非線形)増幅ができます。これにより感音難聴で起こる補充現象(小さな音は聞こえないのに大きな音はより大きく聞こえる現象)を補正することができます。本当に補聴器の調整が緻密になりました。聴力によりフィッティングルールに従って出力を大中小の入力に応じて細かく自動調整をPCで行うことができました。これで聴力さえ正確に測定できればあとは機械任せにすれば正確に調整できるのではと少なくない技術者は期待しました。しかしその期待は実は裏切られましたが、そう思っていない人もいるようです。
補聴器は武器ではないですが
ここでちょっと不適切かもしれないたとえ話をします。最近戦争が多くて(2026年4月現在)嫌になるのでですが、ミサイルはなぜターゲットに命中するのでしょう。昔の大砲は初速を測定し出射角を調整することでターゲットを狙っていました。しかし初速や出射角の誤差や風の影響などで距離が遠くなればなるほどターゲットからの誤差が大きくなります。また緻密な計算をして細かな調整ができたとしても風の影響は予測できません。デジタル補聴器も同じです。いくら緻密に利得を計算しその通り出力しても外耳道の共鳴や吸収などで誤差が生じ鼓膜に到達する頃には、ターゲット(目標利得)よりかなりずれてしまいます。打ちっ放しの大砲と違い近代のミサイルは軌道修正ができ、さらにジャイロやGPSなどの誘導装置が付いています。飛びながらターゲットへの進路のずれを修正し命中させます。つまり命中精度を上げるためにフィードバックが必要だということです。
せっかく補聴器もデジタル化により緻密に調整できるようになったのだからターゲットからのずれを修正してその人の最良の聞こえに命中させたいですよね。そうしないとデジタル化した意味がありません。補聴器にも誘導装置のようなものが欲しいと考えるのが自然です。出てしまった音を途中で修正する方法はないのですが、鼓膜の手前で音圧をとらえ期待した音圧とのずれを知り出力を修正する方法はあります。それが実耳測定を用いた調整です。

実耳測定の必要性
ミサイルに誘導装置がなければどうなるでしょう。数打てば当たるかもしれませんが、誤爆が多く大変なことになります。では実耳測定をしない補聴器はどうなのでしょう。これも数打てば当たるで実耳測定しても大きく外れていない場合もあります。でも外れている場合の方がむしろ多いです。これも程度により差があり、ちょっと違和感がする、不自然であるというものから、話の内容が分からなかったり、やかましくて耐えられないなどいろいろあります。一般的に実耳測定は試行したほうが良好な結果を得る確率が格段に上がることから当院では理由がない限り全例に行うようにしています。
実耳測定抜きの調整
私どもも最初から実耳測定を行っていただけではありませし、ほとんどの施設ではいまだに行われておりません。では実耳測定なしに補聴器をできるだけ適切に調整する方法はあるのでしょうか? 鼓膜に届いた音は装用者がある程度判断できるので、PCの自動調整に任せるだけではなく、音場閾値検査(ファンクショナルゲイン)によりある程度修正できます。しかし、あくまでも心理検査でありその精度は本人の感覚頼りです。目分量で長さを測ったり、体性感覚で重さを測ってもそのデータの信頼性は推して知るべしで、とんでもない値になることも稀ではありません。測定器での計測値と人の感覚値の差は馬鹿にならず、誤差をなくすには実測するべきでしょう。
実耳測定の問題点
実耳測定の有用性について述べてまいりましたが、問題がないわけではありません。まず第1に手技が難しいことが挙げられます。鼓膜近傍の音圧を知る必要がありますが、鼓膜近傍に約1mm径のシリコンチューブ(以下プローブチューブ)を挿入し音圧を外部に誘導して測定します。チューブの先端を鼓膜近傍に固定する必要があり手技的に高等技術を要します。特に耳鼻咽喉科医師でもない限りかなり緊張を強いる作業だと思います。次に検査中の患者さんへの負担の大きさが挙げられます。チューブを挿入しそれを押しのけながら補聴器を装用します。チューブが邪魔になり小型耳穴型補聴器の挿入ができないこともあります。両者を無事挿入できたら次はスピーカーからISTS(国際音声試験信号)を流します。被験者にはじっとしてもらうだけなのですが検査中は数分くらいは動けません。補聴器の調整と実耳測定を繰り返しますのでトータルで20分くらいは我慢してもらう必要があります。

患者負担の軽減法
小児の場合長時間じっと耐えることができないので実耳測定は困難です。小児用に考えられた患者負担の少ない方法があります。それはRECD(実耳カプラー差)を利用する方法です。通常の実耳測定はREM(Real Ear Mesurement)と言われ実際に補聴器を挿入し、プローブチューブで鼓膜近傍の音圧を測定します。一方補聴器の特性そのものを測定する装置は、音の出口を2ccカプラでマイクとつないで測定します。同じ補聴器でも外耳道の音響特性と2ccカプラの特性が異なりますので鼓膜上の音圧は測定器の結果そのものにはなりません。実耳とカプラの特性の差(RECD)を求めておけば、特性測定装置の測定結果より実耳での測定結果を計算で求めることができます。RECDはプローブチューブを鼓膜近傍に装着し補聴器の代わりにプローブトーンをレシーバーで入れ外耳道特性を測り、2ccカプラカプラの特性も同じプローブトーンで測ります。このように外耳道特性とカプラーの特性を求めその差RECDを算出します。一度測定すれば成人は不変なので補聴器の特性を測るだけでREMとほぼ同じ結果が得られます。RECDの測定は10分もかからないので患者の負担は軽くそれ以降の負担は0というより本人不在でも調整可能なので当科ではほとんどこの方法を採用しています。またプローブトーンはフレックスなウレタンチップで入れるのでプローブチューブが邪魔になりませんので小型耳穴型補聴器であっても難なく実耳測定の値が得られます。
実耳測定の問題点
実耳測定の利点をずっと述べてきましたが、問題がないわけではありません。まずデジタル補聴器のターゲットの特性はNAL-NL2やDSL5.1と呼ばれる処方式で計算されますが、計算のもととなるのは純音聴力検査です。この検査自体が間違っておればよい結果を得ることはできません。うまくいかないときは、聴力を疑ってみる必要があります。語音明瞭度が低下しているときにいくら実耳測定行っても、補聴器装用時の語音明瞭度の改善まで保証していませんので聴覚リハビリテーションでの対処が必要です。騒音下での聞き取りも聴覚処理の問題なので実耳測定による改善は見込めません。でも以上の問題もそもそも実耳測定特有の問題ではありません。いくら正確に測定しても聴覚は心理学であり、処方式が万人にとって絶対的ベストというものではなく人によっては最善の結果を保証するものではありません。処方式を忠実に守ってもこれがベストにならないことがあるということを考えておかなければなりません。やはり、実耳測定をあくまでもスタート地点として考え、その後はある程度の修正が必要であると考えています。でも当たらずとも遠からずで実耳測定の有用性はゆるぎないと考えています。山頂をめざす際に頂上の8合目まで運んでくれるヘリコプターのような存在だと実耳測定を認識しています。ただ問題はその山頂が低く目標の高さまで達することができないことがあるのも事実です。(「力およばず」参照)
まとめ
アナログ時代は、調整自体大まかだったためにどんな特性になっているか知るために補聴器特性測定器が頼りでした。デジタル時代になり緻密に調整できるようになり、さらに特性の予想値がPCに表示されるようになったのでそれで調整が完了すると思われました。しかし外耳道特性やカスタム補聴器の形状などの攪乱因子が利得を目標値(ターゲット)から遠ざける量が結構大きく無視できなくなりました。ここに至って鼓膜面の音圧からのフィードバックを受け誤差を修正する機構が必要とされました。そこで実耳測定が見直され普及の兆しが見えてきました。当院に視察に見える先生方にもぜひ採用するようお勧めしております。
以上です。皆様方の補聴器リテラシー向上にお役に立てることができましたら幸いです。
文責:原田

