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実は大切な補聴器装用の開始時期
最近は会社でも健康診断が行われることが普通になってきました。健康診断で行われるのは、1kHz(1000Hz)と4kHz(4000Hz)の純音2種類で行われます。1kHzが30dB、4kHzが40dB以上の純音が聴こえなければ所見ありということになります。1kHzは中心の周波数で最も重要な周波数であり、4kHzは騒音性難聴で特徴的に低下するのでその2周波数が選ばれています。保険診療で行う純音聴力検査は、125Hz~8kHzの範囲で1オクターブずつ7周波数で行います。加齢では高音域から低下しますので4kHzのみ所見ありと診断されることが良くあります。純音聴力検査を行ってみるとそれ以下の周波数の聴力が正常の場合もあれば低下していることもあります。補聴器が必要かどうかは、60dBでの語音聴力検査で判定することになります。一つの目安としては、80%未満の時は補聴器を考えてもいいのではないかと考えています。それからもう一つの目安は、500Hz、1kHz、2kHzの3周波数の4分法平均で判定します。25~40dBが軽度、40~70dBが中等度、70~90dBが高度、90dB以上が重度の難聴になります。どの程度になれば補聴器を開始するかについては重症度のみで判断するわけではありません。社会的な状況も考慮しますが一番大事なことは、本人が困っており必要としているかどうかです。
何故補聴器の適応に本人の意向が重要視されるのか
いくつか理由がありますがまず第一にメガネと違って装用したら直ちに効果が出るものではありません。メガネの場合目の感覚器としての機能は正常で、屈折異常の場合のみに有効です。その条件を満たせばレンズで焦点のみ合わせることができれば元の視力を回復できるのです。しかし聴覚の場合はほとんどが感音難聴で内耳の感覚器の異常で生じるものです。だから、補聴しても感覚器の機能が正常でないため元の聞こえが再現できるわけではありません。衝撃音がうるさかったり、響いたり、歪んだり、閉鎖空間で聞いているようだったり不自然さが苦痛に感じられたりします。ある程度モチベーションがないとその違和感に我慢できず慣れる途中で挫折してしまうからです。特に最初の1か月につらい時期を迎えることが多くその後次第に慣れてくることが多いようです。本人に補聴器の必要性の自覚がないとその時期が乗り越えられません。だから本人の意向が最優先となるわけです。
やる気がなくても勧める場合
年齢を重ねると誰でも多少は高音域から聴こえにくくなり80代になるとほとんどの人は、多少なりとも難聴があります。加齢による難聴の進行は非常に緩徐でほとんど気づかないまま進行するので、本人ではなく周囲の人から聴こえていないのではと指摘されるほどです。明らかな疾患による難聴以外は、本人の意思というより家族の勧めで来院するケースが多いように思います。その中に80歳を過ぎて急に聞き取りが悪くなり来院されることが良く見られます。検査をすると、純音聴力は中等度難聴でとどまっていることが多いのですが、語音聴力検査をすると50%前後に低下していることが良く見られます。先ほど述べたように感音難聴の進行は緩慢でも中等度難聴を放置し続けると話をしても聞き返してばかりすると話が前に進まないので話者が業を煮やして話さなくなる、あまり聞き返すのも悪いので話が中断する。このようなことになると対人関係が嫌になり孤立してますますコミュニケーションをとらなくなる。こうなると聴覚伝導路(聴覚に関する中枢神経系)が退化して言語能力の低下を引き起こし、ますます聴き取れなくなります。これを難聴の脳と言い、こうなってしまうとどんどん悪循環に陥ってしまってより聴こえが悪くなりやがて認知症リスクに発展していきます。難聴を放置すると認知量リスクになるというのは、世界的に有名な医学誌ランセットに掲載されて有名になりました。さすがにこういう場合は手遅れになる前に補聴器を装用して人との交流を増やしたくさんコミュニケーションをとるようにお勧めします。家族も認知症を心配してつれてこられるケースも多いです。
語音聴力が何%以下になれば回復が不可能かという明確な基準はありませんができるだけ50%未満にならないうちに補聴器は始めた方がいいと考えています。あまり放置して語音聴力が低下すると回復不可能(聴覚リハビリテーションの気力低下も含めて)になり手遅れになりますのでご注意ください。
いばらの道
語音聴力の低下が著しい方で後ろ向きな方にも一応補聴器をお勧めは致しますが、補聴器装用はすぐそこにバラ色人生が待っているのではなく、いばらの道を通過する必要があることをご説明します。最高語音明瞭度の低下がありますので、補聴器を装用してもその明瞭度がデータより良くなることは原則としてありません。補聴器が会話に役立っているという実感があまりなく声だけはやたら大きく内容がよくわからないので周囲騒音だけがやたら聴こえるとか、デメリットばかり強調されます。あるいは音声が不自然、咀嚼音がうるさい、自分の声がより大きく聞こえるなどを強調されることもよく見れます。人により頭痛がしたり、つらくて長時間装用できなかったりします。あとは、耳の異物感や閉塞感、耳のかゆみなどがあります。それらの問題を根気よく解決しながら本にを励まし続けて乗り切っていけるように尽力します。特に最初の1週間~1か月(個人差あり)がつらいようでそれを乗り切れば成功する確率が上がります。聞き取りの明瞭度を上げるために聴覚リハビリテーションが必要です。日常の会話だけでは不十分で相手の話した内容を繰り返したり(復唱)、書き写したり(文字起こし)、補聴器装用して本を音読したりする必要があります。高齢者にとって老骨に鞭を打って頑張る必要があり、かなりつらいことだと思われます。人によってはまさにいばらの道じゃないかと思います。
決断のとき
高齢者が家族連れで来られるとき3つのパターンに分かれます。1)本人がその場で決断される非常にストイックな方の場合、2)本人が後ろ向きで家族が不本意でもそれに従う場合、3)本人は後ろ向きですがそれでも家族が補聴器装用を強く望む場合があります。1)のケースはあまり多くはありませんが家族はやれやれと安堵され、本人も覚悟を持って対処され家族もフォローするので一番うまくいくパターンです。2)は結構見られるタイプで本人の性格も家族はよく理解されており補聴器を装用せずに終了するパターンです。3)の場合は本人と家族がけんか腰になることも稀ではなく膠着状態になりますので、よく話し合っていただくように促して一旦お帰り願います。たいていそのままで終わることが多いのですが、たまに本人を説得して戻ってこられることがあります。あれほど嫌がっていたのに素直に補聴器の装用時間も守られ、試聴期間を無事終了して補聴器購入に至ることが結構多いのに驚きます。脅し、泣き落とし、執拗な説得など家族はされたんでしょうか。いったいどうやって説得したのか興味はあるのですが聞くような野暮な真似は致しません。きっとひと悶着あったんだろうと推察しています。ご家族の熱意には敬服いたします。
まだちょっと早いかな
軽度難聴の時は、たまに聞き返したりテレビドラマのセリフが分からなかったりするくらいでそんなに不便を感じることはありません。特に日本語は子音と母音がセットでやってくる(つまり無声子音がない)ので難聴に強い言語と言われております。だから補聴器装用時期が欧米よりどうしても遅くなる傾向にあり、また欧米諸国のように補聴器の公費負担が充実しておりません。そういった理由から日本は欧米に比べて補聴器の普及率が半数程度です。70代でもまだ早いかなと考える日本人が欧米より多いと思われます。軽度難聴の方は、語音聴力検査では90%以上のことが多く補聴器を装用した場合補聴効果は出やすいことが多いです。難聴の脳になり聴覚リハビリテーションで苦労するのは中等度難聴以上です。軽度難聴または中等度難聴で現在日常生活上まだそんなに不便を感じていません。たまに聞き返す程度です。いつ始めればいいと思われますか? 「今でしょ。」
くれぐれも手遅れにならないようにお願いいたします。
文責:原田

