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補聴器の販売経路はダブルスタンダード
補聴器はメガネ店などの店舗で買うものと考えておられる方は多いことと思います。私も子供のころからそういうものだと思っていました。メガネ店へ行けば補聴器コーナーがあり、デパートの眼鏡売り場にも片隅に補聴器が陳列されておりましたから誰でもそう思うのではないでしょうか。補聴器の販売経路はダブルスタンダードという意味は、医療装具なので医療機関が扱っているところもあれば一般販売店でも購入できるという2つのスタンダードがあるという意味です。私は医学部を卒業し、大学の耳鼻咽喉科学教室に入局すると教授の専門が聴覚であったので私もその道に進むべく日本オージオロジー学会(日本聴覚医学会の前身)に入会しました。学会の学術講演会では補聴器関連の発表の中に販売店で購入された補聴器が医療機関の補聴器外来に持ち込まれた症例の発表があり、間違った調整や機種選定などが報告されているのをよく目にしました。この時から補聴器の処方は、医療機関が責任を持ってやるのが正解であるという認識を持つことになりました。耳鼻科医になって10年が経ち開業医になってから補聴器外来を開設することになりました。身をもって経験することのによってその認識はより強固なものになりました。そう書くと反論する補聴器販売店もあろうかと思います。論理的に反論できるだけの技術的背景をお持ちの販売店は上等でありそういうところの存在を否定するつもりは毛頭ありません。

利潤追求では無理
ビジネスは慈善事業ではないので利潤追求は当然ですが、コンプライアンス順守において最低限のスキルを取得して行われるべきです。補聴器は単価が高いものなので売れるとビジネス的においしいのはわかるのですが、売って終わりの商品ではありません。検査、調整、聴覚リハビリテーションが医学的エビデンスに基づき適切に行われなければ十分なパフォーマンスを得ることはできません。私も30年間この業界の中にいて問題点をいやというほど見てきました。どうしてこうなったの理由もわかりました。患者さん(補聴器販売業者にとってはお客さん)の満足度を上げようと努力するほど経費と人件費がかさみ儲かりません。なぜなら、聴力検査だけでは十分な調整ができず必要な検査を行うにはそれ相応の設備と人材が必要だからです。また、補聴器装用者が満足な聴こえを獲得するには平均2~3カ月はかかるものです。その間試聴期間として設定しますとオーダー補聴器の場合その仕入れ代金は先払いです。代金が支払われるまでは販売側が立て替えることになります。経営者ならわかることですが仕入れから入金までの期間が長いと経営的に苦しく、黒字倒産のリスクもあります。また試聴したからと言って満足できなかったら購入に至らないので返品を受けることになります。返品された補聴器はいったんメーカーに返却しますが、仕入金額が帰ってくることはなく次回の仕入れの代金から差し引く形がとられます。返品が多いとこれもかなり経営的に苦しくなります。購入率を高く維持するための高い患者満足度をもたらすだけの技術力がないと返品可能な3カ月の試聴期間をうたい文句にすることはとてもできません。そこで生き抜く一番手っ取り早い方法が試聴期間の短縮や検査や調整を簡略化することです。良心的なほど経営が苦しくなるのはわかるのですが信用を失ってしまっては元も子もないと思うのですがそのあたりはどうなっているのかは私の知るところではありません。

(文字化けご容赦)
私がビジネスオーナーならしない
私がビジネスオーナーならまず補聴器には手を出さないでしょう。なぜなら聴覚や医学知識、難聴者の特質、補聴器の調整法など知りすぎているからです。よく知っているから安易な妥協ができない、そうなると高度な設備のみならず高い技術水準のパラメディカルスタッフが必要で、その教育コストと時間を考えると儲けが出るまでに倒産してしまうでしょう。当院が行っている検査は、ヘッドホンで行う純音聴力検査、語音検査、音場閾値検査、音場での語音検査、実耳測定、口頭による聞き取り検査などを行います。大きく分けると補聴器装用前の裸耳の聴力と補聴器装用時の矯正聴力と外耳道内での音圧の検査に分けられます。矯正前後の聴力の差は、効果を評価する上で大切なことはお分かりになると思います。実耳測定は、鼓膜面にフィッティングルール通りの音圧が届いているかの検査で調整の時にこれ以上ないほど役立ってくれます。この検査までできれば理想的なのですが、時間と技術とコストがかかりすぎるので一般販売店で一部の例外を除いてすべて行っているところはありません。
補聴器販売益だけでは経営が苦しい
医療機関は、前述した検査や診察には保険収載された検査料が算定できますが、販売店は補聴器販売益からすべての経費を賄わなければなりません。つまり検査や調整のたびに人件費がかかり検査施設の充実も馬鹿になりませんので良心的にやればやるほど利益を圧迫します。最も安く上げるには、簡易な聴力検査室とPCと周辺機器だけを備え、PCと補聴器を接続し患者と対話しながら適当に調整するというやり方です。この場合の最大の問題点は、補聴効果の客観的評価ができません。しかし、これで済ませている販売店(特に眼鏡店)が一番多いような印象を受けています。補聴器の以下に述べる音場検査による調整をやっていないところは相当数あると考えています。私が指導医を行っている眼鏡店は、6平方メートル以上の防音室を持ち音場検査ができ補聴効果の客観的評価が可能ですがむしろ少数でしょう。
補聴器外来専門クリニック
そんな厳しい状況の中でも私は、実際補聴器外来専門クリニックを運営しています。最高の設備ときめ細かな調整と指導と効果が満足できなければ販売しないというポリシーで良心的に運営しています。経営は決して楽ではありませんが倒産も今のところはせずに済んでいます。もともと一般の耳鼻咽喉科医院を堺市でやっており、補聴器外来はその中の一分野として行っていましたが経験を積んでいくうちに評判を呼ぶようになり需要が増えたために拡張していきました。最大補聴器調整室を5部屋と言語聴覚士7人体制でやっていることもありました。そういう経験がなかったらこんな無謀なプロジェクトはしなかったでしょう。それを裏付けるように周囲の知人たちは失敗すると思っていたそうです。現状厳しい状態は続いていますが、好きな分野であるし全ての方ではありませんが本当に喜んでいただいて「来てよかった。」という一言が続けようとする一番大きなモチベーションであることは間違いないです。
完璧な調整をするなら
音というのは光と違って直進性が弱く、外耳道の形によっていくらでも歪められます。外耳道の形は人によって異なり外耳道に送り込まれた音も鼓膜に到達するころには、人によってかなり音質が異なっています。個々の外耳道の音響特性を加味して補聴器の調整ができる方法が実耳測定です。音場閾値検査でも出来なくなないのですが、被験者が検査音が聞こえたか否かを判断する必要のある心理検査です。心理検査は必ず心理誤差を含んでおりその大きさは個人差があり人によっては、考えられないほど大きい場合があります。実耳測定は心理検査ではありませんので精度はその比ではありません。また、感音難聴にみられる補充現象(小さな音は難聴で聞こえないのに大きな音は逆にうるさく聞こえる)を補正するためにはノンリニア(非線形)調整が必要ですが、それができる唯一の方法が実耳測定による調整です。
実耳測定が敬遠される理由
実耳測定はこれ以上ないといっても過言ではない方法ですが、普及率は5%にも満たないと言われています。第1の理由は実耳測定の検査機器を一通りそろえるとなるとコンパクトカーやミニバンが買えるコストが必要でさらに大きな防音室が必要でまた同じようなコストがかかります。第2の理由はその検査は相当な技術力が必要で、その最大の難関は音圧を測定するための直径1ミリメートルのシリコンゴム製のチューブを外耳道に挿入し、その先端を鼓膜より数ミリメートル手前に固定する必要があることです。これは医療行為ではないかという見解があり、医師が行うべきだという意見があるほど一般の方にとっては施行するのが難しい作業であるには違いありません。耳鼻科医にとっては、普段から外耳道の処置には慣れており、耳鏡や耳用鑷子などの道具の扱いには熟達しているのでこの行為はコツをつかめさえすれば比較的容易な作業です。オーダー補聴器の耳型採取が準医療行為で認定補聴器技能者に認めらている既成事実があるので、これも準医療行為とみなしまれではありますが実耳測定を行っている販売店は存在します。これが敬遠される第3の理由は、この検査の意義の論理的理解が少し難しいことと音場検査との関連もわかりにくいところかと考えています。大学病院のような研究機関ならこぞってやりそうなものなのに今のところ不思議なほど普及率が低いようです。むしろ自前で補聴器を販売している開業医の補聴器外来の方が普及しているようにも見えます。2025年5月に日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会学術講演会のランチョンセミナーの講師を依頼されまして「開業医における実耳測定の意義と実践」と題して講演いたしました。実耳測定がいかに有用であるかを実例を織り交ぜながら強調し、実践するには何が必要であるかなどまるで経営セミナー調に口演したところ非常に好評で割れんばかりの拍手(笑)(正直なところ驚きました。)が起こりました。その時座長の労を賜った名古屋市立大学教授の先生のご提案だと聞いておりますが、その年の日耳鼻学会秋季大会(専門医講習会)から補聴器実践セミナーで初めて実耳測定が取り上げられました。これを機会に大学病院でも普及することを願う次第です。
実耳測定が敬遠される理由について述べてきましたが実際やってみるとこれほど補聴器外来の効率化に貢献してきた検査はないと思います。何せ試聴期間が2分の1~3分の2くらいに短縮されたのですから。
実耳測定すれば十分か
では実耳測定さえすれば十分かというと必ずしもそうではありません。私も時々補聴器を使用しますが、音場検査における装用利得と実耳測定による調整を比較して試聴したところ圧倒的に実耳測定測定のほうが自然でそれ以上調整の必要はないと考えています。しかし、必ずしもこれだけで十分とは言えない症例が多くこれは必要条件です。実耳測定による調整は始まりに過ぎず後に手を加えることも相当数見られます。試聴期間の短縮の恩恵は非常に大きく当院ではこの検査なしでの補聴器外来はありえないと考えています。
補聴器外来のほうが優位?
では補聴器外来のほうが優位に立っているのかといえばかなずしもそうとは言えません。医療機関の中にはドクター及びパラメディカルが責任を持って補聴器外来を直接運営しているとは限らず、補聴器業者が出張して販売と調整を行い医療機関はほぼ関与しないところもあるからです。こういうところは、供給元として販売店のカテゴリーに入れたほうがいいと考えています。
2つの販売チャンネル
業界の内部についての話が続いてかなり本題からそれました。さて本題に戻りましょう。義歯、歯科インプラント、コンタクトレンズなどと同じように補聴器も医療機関が責任をもって処方すべきであることを述べました。ではどうして補聴器だけが入手経路がダブルスタンダードになったのでしょう。電気式補聴器は大正から昭和初期に日本に入ってきたとされています。日本で作られたのは、1948年リオン株式会社が弁当箱程の真空管式補聴器が最初とされています。そのころから販売店と耳鼻咽喉科と2つの販売チャンネルがあったとされています。ただ当時はボリューム調整のみで周波数ごとの利得の調整は不可能でした。アナログの処方式であるハーフゲインメソッドもPOGO法もできない状態だったので別に誰が売っても変わりのない状態だったので、特に問題はなかったと思われます。
現在の意味での補聴器フィッティング
現在のように周波数特性を変化させて周波数ごとに聴力が異なる難聴(水平型ではない)に対して調整ができるようになったのは、1950~60年代に成立したと考えられています。当時は高域と低域のみの大雑把な調整でした。その後125Hz~8000Hzを多チャンネルに分割し調整できるようになったのは、90年代後半に補聴器がデジタル化されてからのことです。しかもデジタル化によりノンリニアの調整が可能となりました。これにより感音難聴の補充現象の補正ができるようになりました。2018年より補聴器にAIが搭載されるようになりノイズと音声の区別が鮮明になりました。この進歩により普通なら補聴器に対する期待感が大きくなり従来言われていたような補聴器は役に立たないということは過去のことのように思われるかもしれません。しかし、これは補聴器が車に例えるとF1マシン化と同等の進化を遂げていると考えたほうがよくて、従来より神経質になり非常に精密なチューニングがなければ最高のパフォーマンスが得られないと考えたほうが良いです。補聴器供給側の技量がダイレクトにパフォーマンスの差に表れるということです。残念ながら信号処理にのみAIが搭載されたわけであり、調整にはまだAIは全く関与していません。車の完全自動運転のレベル5はまだまだ実現していませんが、補聴器のAIによる調整はそのずっと先なると考えています。
購入先の吟味
補聴器の販売経路が医療機関と販売店の2つの経路があり、ダブルスタンダードであることを述べました。これだけ補聴器が高性能化と同時に複雑化したおかげで調整スキルも相当高度でなければその性能を十分発揮できません。補聴器はより医療色の強いアイテムになってきましたので医療色の強い供給元で購入されることをお勧めします。ただし、医療機関でも販売店の出張所になっているところもありますし販売店でも音場検査ができるところがあります。いずれも玉石混交なのでご注意ください。補聴器を買いに行く前に「音場検査を全例に行っていますか?」とお尋ねになるかさらに高度なところをお望みならば、「実耳測定を全例に行っていますか?」とお尋ねください。残念ながら我が国は補聴器販売に欧米のように厳しい資格制度がありませんのですべて購入者の自己責任となっておりますので十分ご検討なさってください。ちなみに当院では例外を除いて全例に実耳測定を行っています。
文責:原田

